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【2024/04/30 12:30 】 |
最後の妻のメッセージ
メールを通じた会話しかしなくなったのは、俺のちょっとした「癖」に対する妻との口論がきっかけだった。
 会話をしている時、俺の口から「ぷす、ぷす」という音が聞こえる、というのだ。話のセッションごとにまるで句点を打つかのように、下品で、年寄りくさい空気が口の端っこから漏れている、と。

 一体、どのタイミングでそんな音が漏れているのか自分では全く自覚がない。「また『ぷす』って言った」と妻に指摘されて振り返ってみても、どれがその音なのか分からない。別に太っているわけでもないし。もしかすると口のたがが緩み始めているのかもしれない。しかし四十半ばで口周りの筋肉が弱ってきたというのも情けないし、考えたくもない。

 「気のせいだよ」と言っても、妻は「嘘。絶対そう言ってるわ。彩に聞いてごらんなさいよ」と、半ば切れ始める始末。
 アニメ 抱き枕そうこうしているうち、我々は口論となった。妻にとってその音は、お新香臭い年寄りを養っているかのような、不吉で不快な音のようだ。そうは言っても、鼾みたいに、それを発している本人に何の自覚もないのだから対処の仕様がない。

 「幻聴だよ」と俺。
 「幻聴なんかじゃないわよ。あれだけの息を漏らして無自覚っていう方がおかしいわ」と妻。
 「なら、録音でもして聞かせろよ」
 俺もいい加減頭にきてそんな言い方をしたものだから、妻の目の色がいよいよ変わった。
 これ以上は売り言葉に買い言葉、もはや「口から漏れる音」なんてテーマはどうでもよく、結婚生活二十年の間に蓄積された日ごろのあらゆる不平不満を妻は間髪入れず猛然とまくしたてる。
 こちらの出方によっては致命的な喧嘩になることは目に見えていたので、最終的には俺が折れることにした。少なくとも妻と口論することは、平穏無事な日常生活を望む俺にとってメリットなど何一つないからだ。

 そう、俺は確かに「ぷす、ぷす」言っている。肥満中年が息を切らすがごとく妙な息を口から吐いている。
 いや、そこまで妻が言うのだから本当にそうなのだ。単に、その事実を俺が認めたくないだけなのかもしれない。
 もう若くない。顔には小刻みな皺が増え、腹もぽっこり膨らみ、バリアフリーの廊下で躓き、そして何より、口から下品な息を漏らす。

 そんなことがあってから、俺は家にいる間はもう口を開くまい、と決めた。言葉を発しなければ、その嫌な音は出てこない。あの音さえなければ、俺も妻も、余計な喧嘩をせずに済む。

 そこで、得意な訳ではなかったが、「今後会話は携帯メールで行う」というルールを自棄っぱちに提案したところ、妻からも娘からも何の反論も抵抗もなくあっさり承諾された。
 自分で提案したくせに、その二人の反応には少なからず驚きと寂しさを覚えたが、それだけ例の音を嫌がっているということなのだ。

 その日以降、意思の伝達には全て携帯メールを使うという、同居家族としては恐らく全国でも初の試みを開始した。
 ちなみに、音声による最後の妻のメッセージは「寝る前に戸締りだけはちゃんとしといてよ」であった。
 それから3ヶ月の月日が経過しているが、何ら不便を感じることもなく、実にスムーズに家庭生活は進捗している。

 口論(メールでやる場合は「メル論」とでもいうのだろうか?)になりそうな時があっても、本文をかちかち打っている間に、妻への怒りは風船が萎むように収まってしまう。
 「怒り」は口ではすぐに表現できても、メールとなるとこれがどうして、なかなかもどかしい。
 感情の赴くまま「怒り」を言語化し素早くボタンを押し込んでいくという作業は指が大きく不器用な俺には不可能であり、最後は思うように文字が打てない自分自身に怒りの矛先が向けられる有様で、妻への反論などもうどうでもよくなってしまう。

 ということで、それを機に妻との諍いは見事なまでになくなった。メールを使い始めてからは「ぷすぷす言ってる」発言もなくなったし、勉強しない娘に落ちる妻のヒステリーも明らかに減った。
 もっとも、娘へのヒステリーは俺に対する不平不満のはけ口、当てつけであることが多いわけだが、俺への怒りが沈静化した分その機会も減り、家族皆すこぶる調子がいい。

(俺)NO残業デー。上司からお誘い。9時コース!

 会社の正門を出ると、俺はいつものように定型文を呼び出して妻に送る。妻からの返信は大抵速やかだ。まめだなあと思う反面、単に暇なだけかとも思う。

(由美子)最近残業少なくない? もう少し稼いでくれないと、彩の学費が…

(俺)今月は仕事少なくて残業する言い訳がつかないよ。こんな時に残業してると、逆にこいつ能力ないんじゃないかと思われる。

パチュリー 抱き枕(由美子)実際そうでしょ。それなら飲み会も晩酌も控えてもらわなくちゃね。

(俺)上司の誘いじゃ断れないよ。世知辛い世の中だからね。

 いきつけの店で、いつもの通り会社への愚痴をさんざん聞かされたあげく、1円単位までの正確な「割り勘」にさせられた俺は、ラッシュ並みに混雑する電車の吊革に最後の力を振り絞って凭れていた。
 確かに仕事は芳しくない。産業用機械を売っている会社だが、取引先の海外移転に伴って国内需要は冷え込んでいた。
 ここ数年、定期昇給はストップ、スズメの涙程のボーナスからも社会保険料ばかりがざっくり引かれ、住宅ローンと教育費に追われる我が家の家計は、当然のことながら逼迫している。
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【2011/03/02 11:06 】 | 小説
羞恥心と安堵感
  
『少し歩く』と言うから、何となく移動手段は電車かバスでも使うのかと思っていたら、先輩は車で迎えに来ていた。
 車には詳しくないからよく分からないけど、大きくも小さくもない私的には『普通なサイズ』の白い乗用車。
 紳士然と助手席のドアをどうぞと開けられ、恐縮しつつ乗り込んだ私は、『何か話さなきゃ』と思いながらも何を話して良いのか分からず、結局は何も言葉が出ずに、カーラジオから聞こえてくるBGMを聞きながら、窓の外を眺めるともなしに見ていた。
 飛び去るように流れていく町並みは、だんだんと、都会からのんびりとした田舎の風景に変わっていく。
 季節は、春と夏の狭間の六月も半ば。
 視線の先には、抜けるような青空が広がっている。
 その爽やかな空の下。
 夏を前にいっせいに葉を茂らせる木々の、目にも鮮やかな緑のグランデーションが遠くに広がり、どこか自分の故郷を思い起こさせる懐かしい風景が、視界をゆるゆると過ぎていく。
 いったい、どこに向かっているのだろう?
 何となく北上しているのは分かるけど、まったく土地勘がない私には、どこを走っているのか見当もつかない。
 チラリと、運転をしている先輩の横顔に伺うような視線を向けると、ご本人様は至極上機嫌そうにBGMに会わせてハミングなんかなさっていて、説明をしてくれそうな気配はない。アニメ 抱き枕
 何かヘマをするんじゃないかとの緊張の極地で、ずっと体に力が入りっぱなしの私とは正反対に、先輩はなんだかとても楽しそう。
 行先を聞いても良いよね?
 窓の外の景色は、広々とした明るいものから、背の高い立派な針葉樹が立ち並ぶ暗緑色の薄暗いものへ変わった。
 だからと言うわけではないけど、急に心細くなった私は、せいいっぱいの勇気をふりしぼって、先輩の横顔を見上げて声をかけた。
「あのっ……」
「うん?」
 視線は前方に固定したまま、先輩は少し私の方に顔を傾ける。
「あの、どこに、行くんですか?」
「だんだん人気が無くなってきて、変な所に連れて行かれるんじゃないかって、心配になった?」
 悪戯っぽく口の端を上げるその横顔に、思いっきりブンブンと頭を振る。
「そ、そうじゃないですけどっ、どこにいくのかなぁって……」
 アパートを出てから、もうかれこれ三時間近く走り続けていて、確認しただけで三つの県を通り過ぎている。さすがに一度トイレ休憩にコンビニに寄ったけど、それ以外はノンストップ。
『目的もなくドライブ』と言うのとは、やはり違う気がする。
「たぶん、君なら、喜んでくれると思う場所」
「私が、喜ぶ場所……?」
 って、どこなんだ?
 観光名所か何かだろうか?
 この辺にどんな観光地があるのか、皆目見当がつかないけど。
「その前に」
「はい?」
 又、風景が変わった。
 高木に遮られていた日差しが戻ってきて、針葉樹林の狭間にぽっかりと空いた広場が現れる。アスファルト敷きの駐車場だ。
「まずは、目的地に行く前にエネルギー補給ということで――」
「はい?」
「少し早いけど、腹ごしらえしようか」
 車を減速させながらそう言うと、先輩はハンドルを左に切り、駐車場の空きスペースに車をすべり込ませた。
 だだっ広いその駐車場は八割方車で埋まっていて、停まっている車のナンバープレートは見事にほとんどが他県ナンバー。その中央部に、二階建てのログハウスが、そびえ立つように『デン』と建っていた。
 建物を囲むように小さな、でも丹精込めて世話をされていると分かる美しい花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れている。壁際には大きめの窓がずらりと並んでいて、掛けられた白いレースのカフェ・カーテンの向こう側には、楽しげに食事をする人影が見えた。
 どうみても、この雰囲気は――。
「レストラン、ですよね?」
 伺うように尋ねると、少しイタズラめいた表情で、答えが返ってきた。
「そう、レストラン。ちょっと変わっているけどね」
 変っている?
 確かに、ログハウスだしオシャレな感じはする。でも、別に『変わっている』ようには見えない。
 思わず足を止めて、まじまじと建物を見まわす。
「さあ、行こう」
 柔らかい声と共に目の前に差し出されたのは、大きな手。
 繊細さを感じさせる長い指先は、細いだけの私の手にはない力強さがあって、そんな些細な発見でさえ鼓動が過剰に反応し始める。
 こ、これはもしかして、『お手を拝借』、
 じゃなくって、『お手をどうぞ』ってやつだろうか?
 物心がついてから『異性と手を繋ぐ』なんて、後にも先にも、高校の文化祭でのフォークダンスくらいしか経験がない私には、このまま素直に手を差し出していいものか判断がつかない。
 チラリと視線を上げると、『うん?』と屈託のない笑顔で首を傾げる手の持ち主に視線が捕まり、更に鼓動が早くなる。
 ピクリと上げかけた左手が、根性なしにも元の位置に戻っていく。
「ほら、いくぞ」
 私のドンくさい反応に苛立つでもなく、穏やかなトーンの声が再び落とされる。相変わらず手は差し出されたままで、私の手を無理に取ろとはしない。
 待っているのだと、思った。
 私が自分から手を差し出すのを、待っていてくれているのだと、そう思った。
 自信満々でいつだって強引で、でもこういう時は私から行動するのを、ちゃんと待っていてくれる人なんだ、この人は。
 呂布奉先 抱き枕それは意外で、とても嬉しい発見。
 ここで頑張らなきゃ、女じゃないでしょ、私っ!
 ギュッと両手を握り込み、自分に喝を入れて、石化したんじゃないかと思うほど重い右腕をじりじりと上げる。
 距離が詰まるほどに、激しさをます鼓動。
 そして、大きな手のひらに触れた瞬間、緊張で冷たくなった指先が、ギュッと温もりに包まれた。
 とたんに広がる、羞恥心と安堵感。
 でもやはり恥ずかしさの方が先に立って、上気した顔を俯かせる。
「よくできました」
 笑いを含んだ声と共に頭に降ってきたのは、空いた方の彼の左手。
 まるで幼い子供にするように、ポンポンと温かい手の平が頭をなでられて、ますます私の顔は火照りまくった。

【2011/02/23 11:12 】 | 小説
今にも泣きそうな恐怖の目
まず、小娘に対してだ。
ぽかーんとしていたかと思えば
いきなりすごい剣幕で怒りだす。
まったく最近の子供にはついていけねーや。

次は、あの白着物のガキに対してだ。
怪しげな呪文を唱え、
儀式まがいの遊びをしていた訳ではないらしい。
その背後の巨大な影がその証拠だ。

しかし、突然オレのイライラはふっ飛んだ。

ずっしいいいいいいいいいんっ!
地震のような音が響く。
見たところ
白着物のガキの背後で
あの影が地面に倒れたようだ。

広場の蝋燭に照らされて影の正体が見えてきた。

その影の姿は人間だった。
今は地面にうずくまった格好をしている。
周囲の木立と同じぐらいの背丈だが、
確かにその姿は人間だ。
ただしコイツは明らかに人間じゃない。
体の大きさもそうだが、その頭部が、そいつの正体を主張している。
その頭にあるのは…一対の角。アニメ 抱き枕

鬼だ。
コイツの正体は巨大な鬼だ。

鬼の体は、筋肉が盛り上がってごつごつしている。
まるで岩をつなげて作ってあるみたいだ。
指の先の爪は槍のようだ。

「何してんの、君たち。騒がしいんだけど」
場違いなほど落ち着いた声。
白着物のガキだ。
その顔は、無理に笑いをこらえているように歪んでいた。

…まったくブキミなガキだ。

影の正体が判明した時点で、
オレのイライラは完全に消えていた。
代わりにオレの中にあったのは…

…焦りだ。
何が起きているにせよ、
こんな巨大鬼やブキミなガキに関わったら
厄介なことになるのはわかりきっている。
一刻も早くこの山を脱出しなければ。

そのためにはこの小娘の力がいるのだが…

オレの隣にいる小娘は完全にビビっている。
正常に呼吸もできないほどにだ。

見るからに頼りない小娘だぜ。
まったく、こんなのにオレの脱出が掛かっていると思うと
嘆きたくなってくる。

「おい、お前」
オレは小娘をつついた。
「逃げねーと、ヤバいことになるぜ。…って聞いてんのか?」

小娘はオレの方を見ようともしない。
今にも泣きそうな恐怖の目で
広場の白着物のガキを見ている。

「も…守屋……何なのよ、それ……!」
小娘がうめくように言った。
「まるで…バケモノじゃない!!」

これがきっかけだったらしい。

「あっはははははははははははああああああああ!」
小娘に守屋と呼ばれたガキは狂ったように笑いだした。
「これでオレは、オレは……!!」
そしてまたガキは笑いだす。

唐突に、鬼が唸った。
まるで猛獣が低く唸るような声だ。
その声に大地が、木々が、山全体が震える。

「好きなだけ暴れろ!バケモノめ!!!!」
守屋と呼ばれたガキが裏返った声で叫んだ。

まるで命令に従うかのように鬼はゆっくりと起き上る。
その視線は真っ直ぐオレたちに向いている。

そんな目で見られても嬉しくねーよ!

おれはとっさに【変身の呪文】を唱えた
体が引き伸ばされて、オレはクマの姿になった。
鬼ほどデカくはない。
それでも小娘を抱えて逃げるには十分だ。

薄桜鬼 抱き枕オレは辺りの木々の間を押しのけるように走り出す。
行き先なんか考えてない。
とにかく鬼から距離をとるんだ。

どれぐらい走っただろう。
オレに後ろを振り返る余裕ができたころだ。

小娘がポツリと言った。
「あんた、私を助けてくれたの…?」

オレは辺りを素早く確認した。
よし、追手なし。

「別に親切で助けたわけじゃねーぞ」
オレは近くの茂みの影に小娘をおろす。
そうして【呪文】をつぶやいてタヌキの姿に戻った。
「言っただろ、オレはお前と取引をしに来たんだよ」

【2011/02/12 12:36 】 | 小説
魔法使いのグルンとデスティア
「これだけあれば、たくさんの子どもが救えます!!」

 透はその剣幕に少し引いてしまった。
 でも、とローブの男は続けた。

「こんな数のサソリの尾に支払うだけのお金は都合することはできません。1本でも家を売り払ってなんとか都合したのですから……」

「気にしなくていいですよ、ついでだったんですから。もし悪用するようなら渡せませんが、子どもを救うために使うのならいくらでも都合しますよ」

「……なんか……俺達、悪人っぽくねぇか?」

 大金を手にして喜びながらもその様子を見ていたデーリスの言葉だった。

「そうだな、この金は返そう。みんなもそれでいいな?」

 ダニスが自分の仲間に声をかけると、「仕方が無いね」と肩をすくめながら頷いていた。

「いや、でもそれは正当な報酬ですし……」

「あぁ、たしかに正当な報酬だ。だから受け取った。その後にこれを子供たちのために寄付するのは構わないだろう?」

「あ、ありがとうございます。必ず子供たちを救ってみせます!!」アニメ 抱き枕

「そちらの女性と同じことを繰り返すようだが、気にしなくていい。今回のことでランクも上がったし、さらに高みを目指せることがわかった。それが一番の収入かも知れない」

(お人好し集団なんだな)

 透はそのやりとりを見てそう思った。そしてひょっとしたら今日の武器が託せるかも知れない。武器屋に渡す前に此処に来たほうが良かったかもとも思ったが、たぶんこの人達に渡されることになるだろうという確信もあった。

「あとで武器屋に寄ってみるといいですよ。おそらくですが今日の報酬の代わりのものが手に入るかも知れません」

 透はダニスにそう告げる。

「ん? どういうことだ?」

「行けばわかりますよ」

 そう言うと透は手を振りながらギルドの受付へと向かい、ランクの確認をお願いすることにした。
 ランクの確認所は依頼受付所の横に並んでいた。

「ランクの確認をしたいのですが?」

「はい、わかりました。ドッグタグをこちらの水晶球の上にかざしてください」

 透は言われたとおりドッグタグを水晶球の上にかざす。

「おかしいですね。何の変化も見られません。あれだけの事をしたのに変化がないということはないと思うのですが……」

 しばらく首をひねっていた受付嬢は「あっ」という声を上げて透に尋ねてきた。

「今日、なんかの依頼をこなしましたか?」

「いえ、結局はこなしていない形になりましたね」

「それが原因ですね。ランクは最低でも一つの依頼を受けなければ上がることはありません。ですが例えば本来のランクが6の人だった場合には、どんな依頼でも5回こなせばランクは6になります」

「なるほど、そういうシステムになっているんですね」

「はい、ですから申し訳ないのですが今回は依頼をこなしていませんのでランクが上がることはありません」

「いいえ、大丈夫です。これからは依頼をこなして本来のランクを表示できるようにしますよ」

 謝ってくる受付嬢に告げると、ギルドを後にして宿屋へと向かうことにした。

 ランク=レベルであることが分かっている透には、依頼を98回受けることは正直なところ面倒に思えてきた。
 名を上げるためには別にランクが必要なわけではない。今回の武器屋のように魔法の加護付きや神の加護付きの武器防具を手に入れてくるほうがいいのかも知れないと透は考え始めたのだった。

 幸い透にはそれらがドロップする場所やモンスターを知っている。他の冒険者を育てる意味でもそのほうが都合がいいかも知れない。この世界に来たのが自分一人である可能性もあるのだから……。

 宿屋に到着し食事をすると、部屋に戻り、レベル11やそれ以下でも使える武器や防具が手に入る場所のピックアップし始めた。

(他のダンジョンや森などで手に入るものは後回しにして、地下墓地で手に入るアイテムを先に集めてしまおう。それだけでかなり変わるはずだ)

 そう考えると透はベッドに潜り込んだ。








 エルシアが立ち去ったギルドではダニス達が相談していた。

「今回の収入がなくなったのは仕方が無いけど、痛いわね」

 そう話すのはダニス達の仲間のひとり盗賊のルーリーだった。

「うん、でも幸い武器や防具を修理するぐらいの貯蓄はあるし、明日からまた依頼を受ければいいよ」

 そう答えるのはパーティ最年少の魔法使いのデスティア。まだ幼いながらも魔法使いの腕は初老のグルンを上回る実力の持ち主だ。

 ダニスたちは8人でパーティを組んでいる。
 戦士のダニス、デーリス、レスティ。盗賊のルーリー。魔法使いのグルンとデスティア。僧侶のワイルとアキア。
 後衛であるグルン、デスティア、ワイル、アキアは特に修理は必要はないが、前衛たちはそうもいかない。
 明日以降のためにも修理をするためにそんなことを話しながら武器屋へと向かい始めた。

 武器屋に着いたダニス達を見た店主は、ダニス達が言葉を発する前に二つの剣を取り出してきた。
 ロングソードとレイピアだ。

 目を丸くするダニス達。それが魔法の加護付きだということが明らかに分かる品物だった。

「これをどこで?」

 代表してダニスが聞く。

「とある冒険者の女性がおいて行った。あんた達みたいなやつに渡せとさ」

「あの言葉はこのことだったのか?」

「言伝も頼まれてるぜ。『追いついてきてくれ』だとさ」

「はっはっはっ、こうなったら意地でも追いつかないとな、ダニス」

「そうだね。とっとと追いついて見返してやんないとあたしたち戦士の名折れだよ」

 剣を手に取り眺めるダニス。それは惚れ惚れする輝きを放っている。

「それはダニスが持ちな。リーダーが良いものを持っていれば泊がつくってもんだ」

「じゃあ、レイピアはお前が持つのか?」

長門有希 抱き枕「まさか、レスティだろう、当然。こんな細っこい剣は俺には合わねぇ」

「あたしが? いいのかい?」

「それがいいよ、着けて見なよ。きっと似合うから」

 デスティアが横から口を挟んでくる。他の面々もうなづいていた。

 少し照れながらもレスティはレイピアを腰に装備する。それはまるでその為に用意されたかのようにレスティに映えていた。

「わしらにはないのかい?」

 初老の魔法使いグルンが店主に尋ねる。

「あいにくそれだけだね。だがこれからも手に入れてくると言っていたから定期的に寄りな」

「そうか、それを楽しみにするとしよう」

「楽しみにしちゃだめだよ。私たちで手に入れるようにならないと。『追いついてきてくれ』って言われているんだから」

「そうじゃの。早く追いつかねばのう」

「そうですよ。早く追いついて肩を並べて戦えるようになりましょう。あの方もそれを望んでいるのでしょうから」

 僧侶のワイルがそう締めくくった。

【2011/02/11 10:55 】 | 小説
失恋した時にまた来て
「あー、今日も平和だなー」
 と、コンは机に項垂れた。
「どこがですか」
 と、自前の短剣を磨きながら言葉を返すプラム。
「……オレが」
「そうですね」
 相手にされなかったコンはむっとしたものの、黙って口を閉じた。
 場所はモノクローム帝国の首都パステル。城下町として栄えている街の東の外れに、ギルド『ビビッド』はあった。
「勇者様ご一行が世界を救ってくれたとはいえ、まだまだモンスターたちの暴走は収まってないんですよ」
「うん」
「勇者様ご一行は旅の疲れを癒すとか言って城でのんびりしてるから、細かい仕事が全部こっちに任されちゃうんです」
「うん、知ってる」
 プラムは溜め息をつくと、コンに顔を向けた。
「コンだって本当は、こんな所で休んでいられないんですからね」
「うん、そうなんだよねー」
 と、コンは顔を上げると、包帯を巻いた左足を見下ろす。
「早く帰ってこないかなぁ、エルム」
 今度はコンが溜め息をついた。
 短剣を鞘に収めて、プラムが席を立つ。
「せめて事務仕事、やって下さいよ」
 と、カウンターへ行くと、棚に溜まった依頼書や報告書を取り出す。
「無理。オレ、頭使うの苦手」
「それでもこのギルドのリーダーですか」
 プラムがコンの前に紙の束をどん、と、置いた。
「ちょっと怪我して歩けないからって、甘えたこと言わないで下さい」
「……プラム、最近機嫌悪いよな」
 と、心配するように言うコン。プラムはドキッとしたように身を引くと、すぐに背を向けた。
「あなたがしっかりしてないからですっ」
 オリジナル 抱き枕そして奥の部屋へ行ってしまう。
 コンはその姿を見送ると、紙の束に手を伸ばした。

「傷口はだいぶ塞がってきたね」
 と、エルムはコンの左足を見て言う。
「痛みはまだある?」
「いや、昨日と比べたら全然ないな」
 コンがにこっと笑って返答し、エルムもにっこり微笑む。
「じゃあ、明日か明後日には復帰できるかな。あ、薬塗るから、ちょっと我慢してね」
 エルムは鞄から塗り薬の入った瓶を取り出し、蓋を開ける。コンは彼が薬を手に取る様子を眺めていた。
 椅子の上に伸ばされたコンの左足にエルムが緑色の薬を塗る。薬草を使って作られたそれは、エルムのお手製だった。
「いつも悪いな、エルム」
 魔物に噛まれた痕を丁寧になぞりながら、エルムはコンへ口だけで聞き返す。
「え、急に何?」
 コンは真面目に治療士としての仕事をこなす彼を見ていた。思わず本心を口にしそうになって、躊躇う素振りでごまかし、飲み込む。
「いや、この二週間、ずっと世話になってるからさ」
 薬を塗り終えたエルムが顔を上げた時には、コンはへらへらといつものように笑っていた。
「マジでありがとな、エルム」
 エルムは内心で首を傾げたが、構わずに言葉を返す。
「どういたしまして」
 そうして二人が仲良く談笑しているのを見て、プラムは小声で毒づいた。
「慣れない前衛に出たのが悪いんだ」
 隣で報告書を書いていた召喚士のトビがちらっと顔を上げる。
「今日は二人きりだったんだろ?」
「ええ」
 むすっとしているプラムに、トビは呆れた表情を浮かべて言った。
「そうやって仏頂面してるのが悪いんだぜ」
 思わずプラムはトビを睨んだ。再び筆を走らせ始めたトビは、無視を決め込んでいた。
「……トビよりはマシだと思いますけどね」
 隣の部屋で仲間達と酒を飲んでいる彼のことだと分かっていた。しかし、トビは顔を上げなかった。

「……暗殺、ですか」
 翌朝、初めに飛び込んできた依頼内容にプラムは目を丸くした。
「それも相手は勇者の仲間であるトクサ、弓使いの美青年だ」
 と、コンは書類から目を上げる。
「やるか? 報酬はかなりの額だぞ」
「……いくら裏切られたからって、それは暗殺に値しないのでは?」
「オレもそう言ったんだが、実際に来たのは代理人でな。詳しい事情は知らないそうだ」
 プラムは気が乗らなかった。
「ですが、依頼は普通、最低でも二人でパーティーを組んで行うものです。今回の依頼はお受けできません」
「だが、あっちがお前を指名してきたんだ。断るのは構わないけど、お前の得意分野だろ?」
 プラムの職業は暗殺士、気配を消して獲物に近づき、一発で仕留める。
「ボクが殺すのは本当に悪い人間だけです」
「……んー、そうだよなぁ。勇者は殺せないよな」
 と、困った顔で依頼書類を見直すコン。
「まあ、暗殺するにしてもしないにしても、一度相手の顔を見てくるべきじゃないか?」
 そう言って話をまとめると、コンは書類をプラムへ差し出した。
「……分かりました」
 他の仲間達は市民の生活を脅かす魔物達と戦っているというのに――、プラムは溜め息をついた。

 勇者様ご一行と聞けば、多くの人々がその顔を思い出すことが出来る。それほどに彼らは有名であり、尊敬されていた。そして世界を救った彼らには国から自由が与えられ、一部の市民は彼らに礼を言おうと金品を貢いだ。
 その中に混ざることで相手を確認しようと、プラムは思い立った。
 依頼をこなす際には軽い鎧を着けるが、今回はただ相手を見るだけだ。一般市民の着るような普段着で街を行き、屋台で売られていた赤いリンゴに目を付ける。
 全ての準備が整ったところで、プラムは城へ向かった。
「勇者様はどちらにおられるでしょうか?」
 門番に尋ねると、すんなり答えが返ってくる。
「エクリュ様とシトラス様は今日も北の図書室に、リラ様は敷地内の森に、トクサ様は三階西の自室に、アヤメ様は現在外出中でございます」
「中へ入っても?」
「どうぞ。中にいる侍女に声をかければ、すぐに案内してくれますので」
 プラムは礼を言うと、門を抜けた。
 勇者様へ金品を渡すのに、直接手渡しすることは許されていなかった。近くへ行って顔を見、侍女か従者を通してそれを渡すのだ。そう知っていたプラムは、さほど近くに寄ることはないだろうと考えていた。
 しかし、侍女に案内されてたどり着いたのはトクサの自室だった。
「トクサ様、お客様がお見えになりました」
 と、先に中へ入った侍女が頭を下げる。
「ん、ああ」
 ベッドに寝ていた裸体の男がこちらへ顔を向け、プラムはドキッとした。
 トクサは立ち尽くしている市民をまじまじと眺めると、にこっと笑みを浮かべて言った。
「君、こっちおいで」
「……は、はいっ」
 理解が出来なかった。プラムは言われたとおり、彼の近くへ歩みを進め、そこでようやくはっとする。これほど近くで顔を見られてしまったら、依頼をこなすのに支障が出るではないか。
「名前は?」
「え……コルク、です」
 とっさに偽名を名乗ったが、無意味だった。トクサは美青年と謳われるのが当然なほど、綺麗な顔立ちをしていた。すらりとした長身もあって、外見だけではどんな人も勝ち得ない。
「年齢は?」
「じゅ、十九、です」
 身体を隠そうともせず、トクサがプラムの頬へ手を伸ばしてくる。
「好きな人、いる?」
 そっと触れられ、妙にドキドキしてしまう。
「い、います」アニメ 抱き枕
 近づいてくる顔から目を逸らすマリ。するとトクサは、ふっと手を放して笑った。
「何だ、残念。じゃあ、失恋した時にまた来てよ」
 と、優しく微笑む。
「その時は、オレが慰めてあげる」
 プラムは頬を赤く染め、からかわれたことに気づいた。恥ずかしさに耐えながら、リンゴの入った袋を彼へ突きだす。
「ああ、そうだったね」
 からかった本人は何事もなかったようにそれを受け取り、からかわれた方は足早に部屋から出て行った。
「失礼しましたっ」

「で、部屋でずっとむくれてるのか」
 話を聞いたトビは、天井を見上げた。二階の寝室で、プラムはまだ引きこもっているはずだ。
「何があったか聞いても、全く教えてくれないんだよな。困ったよ」
 と、呆れたように息を吐くコン。
 今夜も仲間達は酒を飲んでストレスを発散しており、エルムもまたその中で笑っている。
「明日もこんな調子だったら、どうしたら良い?」
「さあな。リーダーはコンなんだから、お前が解決しなきゃ」
「……無責任だな」
「どっちが?」
 トビは意味深な笑みを返すと、仲間達の方へ向かって行く。コンはプラムのことを心配して、天井を見つめた。
【2011/01/20 14:02 】 | 小説
彼女が人間に戻れる次元
このアパートの住人が俺を残して全員出払ってしまったのだろうか。
あるいは、いつの間にか外では雪が降りだしていて、音という音を吸いとっているのかもしれない。
この寒さなら十分ありうる。
コタツから這いだし、ついでにろくに見てもいなかったテレビを消した。
なんとなく、雪を見るなら音のない世界がふさわしいような気がしたのだ。
ガラス越しにさえ感じられる夜気の冷たさに首をすくめつつ、窓際に立つ。
もし降っていたら、ホワイト・クリスマスか。
クリスマスなんて関係ない身でありながら、妙に心がきゅっと引き締まるような、厳粛なものを感じる。
俺が南国育ちで、雪に慣れていないからだろうか。
だが、カーテンを引いてみると、外に広がっていたのはいつも通りの闇だった。
いくら目を凝らしても、空を舞う白いものは見当たらない。
「……そろそろ寝るか」
ため息のかわりにそんな独り言がもれた。
カーテンをぴっちり閉めなおし、飾り一つないわびしい部屋へと向きなおって……俺は絶句した。
見知らぬ美女が、すました顔でコタツの側に立っている。
栗色のボリュームたっぷりの髪、つくりのはっきりした顔、すらりと伸びた足。
掃き溜めに鶴、という形容を使うのはためらわれるような日本人離れしたタイプだ。
孤独のあまりどうにかなったのかと思ったが、頬をつねり、目をこすっても消えない。
馬鹿みたいに突っ立っている俺を尻目に、美女は悠々と辺りを見回している。
そして、満足そうにつぶやいた。
「この部屋なら、間違ってもサンタクロースが来る心配はないわね」
この一言に、俺にかかっていた『美』の呪縛が解けた。
人の部屋に無断であがりこんできて、いちゃもんをつけるなんて、どういう神経だ、この女。
「あ、あんた、どうやってこの部屋に入ってきた?」
追い出す前にこれだけは聞いておかなければ。
どこもかしこもきちんと鍵をかけて戸締りしておいたはずだ。
「どうしても説明しなくちゃいけないかしら? あまりあなたのお気に召さないと思うけど」
「気に入るか入らないかは、俺が決める」
せいいっぱい語気荒く言い放つと、女は挑戦的な視線をちらりとこちらに投げて口を開いた。
「長々と説明してもわからないだろうから、簡単に言うわね。次元の穴をくぐってきたの」
再び、絶句。
気に入るとか入らないとか、そんなレベルの問題じゃないぞ、これは。
俺をからかっているのか、それとも本気で言っているのか。
どちらにしても、厄介事のにおいしかしない。
一も二もなくとっとと追い出すべきだ、と理性は警告している。
だが、それに反して口は勝手に次の質問をしようとしていた。
「えー、それはそれとして。一体俺に何の用だ?」
「あなたに特に用はないけど、隠れ場所を探してるの。追われてるのよ」
やや作りごと臭いが、さっきよりはまともな答えだ、とちょっと安心したのもほんの束の間。
つい突っ込んでしまったのが間違いだった。
「追われてるって、誰に?」
「サンタクロース」魔法少女 抱き枕
こんな大物の名前が出るとは。
……ええい、毒を食らわば皿まで、だ。
「なんでよりによって俺の家に?」
「クリスマスが全然ないから。リースとか、ツリーとか、ローストチキンとか、そういうものはサンタクロースを引きつけるの」
少しのよどみもなく、確信を持った口ぶりで女は話す。
そのくせ、俺に信じさせようとか、俺を説得しようとかいう熱意は少しも感じられない。
そこが逆に一種の真実味のようなものを醸し出している気もする。
俺は最後にとっておいた質問を発した。
「あんた一体、誰なんだ?」
「人形よ。サンタクロースの袋から逃げ出してきたの」
確かに、全身整形疑惑を引き起こしかねないほど完璧なスタイルだな。
もはや何も言うべき言葉が見つからず、そんなくだらない感想しか浮かんでこない。
俺の沈黙を不信の表れと受け取ったのか、女は不満げに頭を振った。
「信じてくれなくても結構。私はここから動かないから、追い出したいなら力づくでどうぞ」
最後の「どうぞ」を嫌味なほど強調してしめくくると、それきり口をつぐむ。
「ここから動かない」の言葉通り、座りもせず、邪魔にならない部屋の隅に移動もせず、俺の目の前で堂々の棒立ち。
本来ならそれなりに滑稽なシチュエーションのはずだが、微塵もおかしみなんて湧いてこない。
しゃべるのをやめて静けさに包まれた女の顔が、比喩抜きで本当に人形に見えるのだ。
黒々と光る瞳、口紅をつけて生まれてきたのかと思わせるような完璧に塗られた唇、とおりすぎた鼻筋。
心の深くから、よどんだ空気を閉じ込めた泡のように、忘れかけていた恐怖感がふっと浮かびあがってくる。
そうだ、俺は子供の頃、人形が怖かった。
見えるはずのない目で何でも見通しているような気がして……
「居座るつもりなら、コタツに入れ。見ているこっちが寒い」
気がつくと、俺は思ってもいなかった言葉を口にしていた。
しかも、言葉面とは裏腹に半ば懇願するような調子で。
「じゃあ、お言葉に甘えて。別に私は寒さなんて感じないんだけれど」
嫌味なほど長い足をコタツに押し込みながら、女は初めて笑みらしきものを浮かべた。
唇だけの温かみなんて欠片のない笑いだが、人形そのものの無表情の後に見ると、なんだかほっとする。
女と向かいあってコタツにおさまり、冷えきった体に再び熱が巡りはじめると、常識的な判断力が戻ってきた。
さて、これからどうするべきか。
コタツに入れと一旦言ってしまった以上、今さら追い出すというのは気が引けるし、かといって正体不明の相手と狭い室内で二人きり、というのはなんとも具合が悪い。
いくら美人でも、だ。
「いつまでここにいるつもりだ?」
「夜明けまで。朝になるとサンタクロースは北へ帰るから」
単刀直入に俺が聞くと、女も簡潔に答えた。
いつまでも居座るつもりじゃないとわかって、とりあえず一安心だ。
あとは相手を刺激しないように、大人しく夜明けを待つ……というのが無難ではあるのだが。
どういうわけか、女の話をもっと聞きたくてたまらない。
サンタクロースに追われてるだの、自分は人形だの、そんな途方もない話、向こうから一方的にまくしたてられたのなら辟易するだけだろう。
が、ちょっとちらつかせてから引っ込められると、妙に好奇心を刺激する。
俺はしばらく考えた末、率直に疑問をぶつけることにした。
必要な説明は全てすませました、とでも言いたげな、無関心でかつけだるげな女の態度を見る限り、遠回しに聞き出そうとしても無駄だろう。
「あんた、本当に人形なのか? 俺には人間にしか見えないんだが」
立っていた時、本当に人形に見えたことは黙っておく。
女は面倒くさそうにうつむけていた顔を上げ、冷やかに眉をひそめた。
「見えないのなら、自分の目を信じればいいでしょう。それとも、人形だと証明しろとでも言うの? ナイフで手を切るとかして」
「いや、そこまでは言ってない」
思いっきりぶんぶんと首を横に振る。
どんなにわずかでも、流血なんてごめんだ。
人が流しているのを見ただけで、血が苦手な俺は気が遠くなってしまう。
「あなただって、自分が人間だと証明しろ、なんて言われたら困るんじゃない? それと同じよ。私は自分が人形だと知っている、それだけで十分」
女の声はあくまでもよどみなく平板で、憎々しいほどの自信に満ちている。
俺は思わず、根本的な疑問を口にした。
「でもさ、人形はしゃべったり動いたりしないだろう、普通。それこそ、メルヘンの世界でもない限り」
途端に、女の目がぎらりと光る。
「そこよ。私の次元から見たら、あなたの次元こそがメルヘンの世界なの。あなたの次元に来てはじめて、私は自我を持つことができた」
そう言えば、「次元の穴」とかなんとか言っていたっけ。
せいぜい十分くらい前のことなのに、大昔の出来事のように感じがするが。
ついていけない俺を置いてけぼりにして、女の突拍子もない説明は続く。
「本来の次元の中では、私は本当にしゃべることも動くことも、考えることもできない人形だった。工場で作られ、サンタクロースの袋の中で、誰かに配られるのを待っている人形」
声は静かなままだが、女の瞳がわずかにゆらいだ。
その時のことを思い出すと、屈辱や苦痛を感じるのだろうか。
「二つの偶然が重ならなければ、私も今頃、どこかの靴下の中に突っ込まれていたでしょうね」
「二つの偶然?」
「袋の、ちょうど私のいたあたりに穴があいていたこと。そして、私の次元とあなたの次元とを繋ぐ壁にも穴があいていたこと。サンタクロースのそりが操作を誤って次元の穴に落ちた時に、その衝撃で私が袋からこぼれおちたの」
女は少し息をつぐと、続けた。
「どんな風に落ちていったのかは、よく覚えていない。けれど、私は気がつくと意識を持った状態で、街の中に倒れていた。私とサイズのぴったり合った、人形の街のように見えるところに」
どうも光景が想像できなくて、俺は首をひねった。
「人形の街」だって?
この辺りにそんなところがあっただろうか。
それに、「サイズがぴったり」というのも、どういうことかさっぱりわからない。
混乱する俺の耳に、女の淡々とした説明が流れ込んできた。
「そういえば、言ってなかったわね。私とあなたの次元はよく似ているけれど、大きさがまるで違うの。私の次元の人間は、あなたよりもずっとずっと、大きい」
「じゃあ……あんたの次元の人形が、俺と、この次元の人間と同じサイズってことになるのか」
無言で女はうなずく。
俺は背筋に冷たいものがはしるのを感じた。
ガリバー旅行記に出てくる巨人が、目の前の女と、そして俺を持ちあげて見比べているところを想像してしまったのだ。
片方は人間で片方は人形、のはずなのに、区別はつかない。
いや、そもそも人間と人形をわけるのは何なのだろう。
女がこの次元に来て自我を得たというのなら、逆に俺が向こうの次元へ行ったら、自我を失って人形になってしまうのだろうか。
ぶるりと頭を振って想像を振り落とし、俺は努めて楽天的に振舞おうとした。
「ともかく、うまく逃げてこられてよかったな。サンタクロースだって、こんなむさ苦しい男の家に隠れてるだなんて、思わないだろうし」
押し黙ったまま、女はにこりともしない。
代わりに、唇に指を当てて、低い声でささやいた。
「サンタクロースが、くる。こっちに近づいてきている」
「まさか!」
「そのうちわかるわ、嫌でもね」
そう言われると急に不安になってくる。
俺は息をつめ、五感を研ぎ澄まして待ち受けた。
これまで気にも留めていなかった色々が、細かくなった意識の網目にかかってくる。
時計の針が発するかすかな音、テレビの上にうっすら積もったほこり、台所から漂ってくる生ごみの臭い。
なんだ、何も変なところはないじゃないか。
臆病なウサギみたいにびくびくと警戒したりして、馬鹿みたいだ。
緊張の反動か、おかしさが腹の底からこみあげてくる。
部屋に重たくのしかかっていた沈黙を破って、俺はややぎこちない笑い声を響かせた。
笑いつづけているうちに、段々とぎこちなさは消えてなめらかになり、より容易に笑えるようになってくる。
こんなに思いっきり笑ったのは、久しぶりだ。
柄にもなく、クリスマスソングでも歌いたい気分。
と、絶望をにじませた女のつぶやきが聞こえてきた。
「ほら、来た」
言われてようやく、気がついた。
この高揚感、わけもない幸福感は異常だ。
サンタクロースが近づいてきている証拠が、これなのか。
だが、考えがまとまる前に、俺の口が意志にそむいて、独りでに陽気な雄叫びをあげていた。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
応じたのはもちろん、女ではない。
陽気で、恐ろしく年老いていて、有無を言わせぬあふれんばかりの親切心を溢れさせている声。
サンタクロースの声だと、一目ならぬ一声でわかった。
「姿を見せないのは失礼だとは思うが、我慢しておくれ。わしが姿を現したら、このかわいらしい部屋が跡形もなく崩れてしまうだろうからな」
声はのんびりとした口調で言うと、くすくすと笑った。
それにつられて、俺の口からも似たような笑いがもれる。
気をつけろという意味の相図なのか、女はこちらに向かってしきりに目配せしているが、とても気を張ってなんていられない。
サンタクロースの声には、警戒心という氷の鎧をとかしてお湯に変えてしまうような、一種の魔力がある。
俺だけでなく、テレビやコタツのような無機物ですら、声に命令されれば喜んで踊り出すだろう。
「ずいぶん殺風景な部屋じゃないかね、ここは。年に一度のクリスマスイブだっていうのに。おかげで、ずいぶん探すのに手間取ったぞ、人形さんや」
「人形」という言葉に、女の肩がびくりと震えた。
サンタクロースが話しだしてからというもの、女は一度も言葉を発していない。
すっかり絶望して、話す気力がなくなっているのか、それとも。
もしかして、もう既に元の状態、話すことも動くこともできないただの人形に戻りかけているのだろうか。
「さて。夜は短く、プレゼントを届けるべき子供たちは多い。慌ただしくてすまんが、人形を拾って退散するとしよう」
巨大な見えない腕を差しのべようとでもしているのか、空中で何かものの動く気配がした。
このままでは、女は連れ去られ、誰かへのプレゼントされてしまう。
俺は思い切って、口を開いた。
サンタクロースの及ぼす影響力から抜け出しきれず、事の重大さとは不釣り合いなひどく浮ついた調子になってしまったが。
「あのう、サンタクロースさん。こうやって知り合えたのも何かの縁ってことで、一つお願いを聞いていただけませんかね」
「ん? もしかして君も、何かプレゼントが欲しいのかな?」
「いえ、その、そうじゃなくて、彼女を」
口ごもりながら女に視線を向けると、爆発的な笑い声がした。
「人形を欲しがるのは女の子かと思っていたが……まあ、いいか。最近は何が普通で何が普通じゃないのか、わしのような年寄りにはさっぱりわからんからな」
「いやそのちょっと、俺にそういう趣味は……」
「いらないのか? じゃあ、持って行くぞ」
声とともに、女の体が揺さぶられ、空中に持ちあがる。
何の重さも感じさせず、ひょいっと。
俺は慌てて立ちあがると、腕を振り回しながら声を張り上げた。
「ちょっと待って、いります、いります!」
「本当に欲しいのか、この人形が?」アニメ 抱き枕
言葉が上手く出てこず、首をぶんぶんと縦に振る。
すると、女の体はどさりと投げ出された。
本当の人形のように、悲鳴一つあげないまま。
「わかった。ではな、よいクリスマスを!」
ぼう然とする俺と、横たわったままの女を残して、声はかき消えた。
さっきまで部屋中に充満してい賑やかでかつ異様な、力に満ちた気配も消え、祭りの後のような寂しさ、心もとなさがひしひしと満ちてくる。
「やれやれ。緊張したけど、思ったよりあっさりと追い払えたな」
なんとか自分の気を引き立てようと、わざとぶっきらぼうに言いながら、俺は女の側にひざまずいた。
よかった、ちゃんとまばたきしている。
だが、その瞳は俺の方には向けられず、天井を力なく見つめたままだ。
「大丈夫か? 痛かっただろ」
声をかけても、やはりこちらを向いてはくれない。
痛々しいほどに赤い唇から、弱々しいつぶやきがもれた。
「……私はやっぱり、人形ね。サンタクロースに向かって、なんにも言えなかった。もし追いつかれたら、さんざん悪態をついて、できる限り抵抗してやろうって思ってたのに」
「そんなこと、ない」
俺の否定の言葉は、届かない。
女の声が、どんどん遠くなっていく。
「それに、私は受け渡されてしまった。サンタクロースからあなたに、人形として」
最後の言葉が発され、口が完全に閉じた、次の瞬間。
女の体がすっと小さくなった。
膨らんだ風船から空気が抜けるよりももっと速やかに、まるで最初から決められていたことのように。
あとには、小さな人形だけが残った。
のろのろと、恐ろしくのろのろと、それを手に取ってみる。
栗色のボリュームたっぷりの髪、つくりのはっきりした顔、すらりと伸びた足。
女とそっくりで、ただ全てが悲しいほど小さい。
そしてその形のいい唇は、いくら待っても決して開かれることはないのだ。
気がつくと、俺は何も上に羽織らず、靴を履いただけで外へと出ていた。
冷気が体を突き刺し、風が髪を、肌をぶつが、足は止まらない。
異なる次元が一つだけなんて、そんなのはありえない。
きっと別の次元があるはずだ。
この次元よりも小さくて、今の彼女にぴったりの大きさの──
彼女が人間に戻れる次元が。

【2011/01/19 11:01 】 | 小説
彼一人で罪は成立しない
林檎のように赤い唇が自分のそれに触れた瞬間、僕は驚いて目を見開いた。アダムの、綺麗なきれいな緑の瞳が、僕をじっと見つめていた。僕はゆっくりと瞼を降ろした。拒むという選択肢は、その時の僕には無かった。僕には、君が全てだったから。君しか、いなかったから――

今思うと、君もそうだったのだと思う。君には僕しかいなかった。僕だけが、君を受け入れ、君に寄り添える存在だった。そう信じたいだけなのかもしれない。そうなりたかっただけなのかもしれない。でもね、アダム。僕はあの時、確かに幸せだったんだ……ううん、今でも。

閉じていた瞳を開けた。目の前には冷たい灰色の壁。遥か上方に位置する小さな窓から、申し訳程度に微かな光が漏れている。吐き気を催すほどの臭気にはもう慣れた。ただこの沈黙にだけは――君の声が聞こえない静けさにだけは耐えられない。アダム。君はどうしている? 僕はただ、君に会いたい。

アダム――美しい人だ、と僕は思う。そう言うと君は少し照れて、すぐに話題を逸らしてしまうけれど。初めて会ったのは八百屋の裏口だったろうか。やせ細り、薄汚れた少年が、ゴミ箱の傍にぼんやりと佇んでいた。

「これ、今から捨てるんだけど……いるかい?」

我ながら酷い台詞だったと思う。僕は君に、腐りかけの林檎を差し出した。君は枯れ枝のような手を伸ばして、ところどころ傷んで変色したそれを奪い取った。腐臭と芳香の狭間をたゆたう果汁に汚れた自分の手と、その汁を撒き散らしながら硬度を失った果実を貪る君の唇を見比べて、僕は頬を染めた。それから僕は、毎日のゴミ出しを自ら進んで引き受けるようになったんだ。関羽雲長 抱き枕

「……怒られないのか?」

初めて君の口から洩れた言葉は、その一言であったように思う。気まぐれに顔を見せる君を、ゴミの袋を抱えたまま裏口に佇んで待っていた僕に、現れた君は一瞬戸惑ったように立ちつくし、そう呟いた。

「そうだね、そろそろ気づかれているかも。でも、誰に迷惑をかけているわけでもないし……」

肩をすくめて応えた僕に、君は眉根を寄せた。

「そういう問題じゃないだろう。おまえと、店の評判が落ちる」

はっきりとした発音の、美しい声は少し意外だった。

「じゃあもう君はここには来ないの?」

焦るように問いかけた僕に、君は俯いた。

「それは……」

「ねぇ、名前は?」

返事に窮す君に向かって、話の流れからはほとんど関係の無い、けれどずっと聞きたかった問いを発すると、君は窺うようにこちらを見上げて、答えた。

「……アダム」

「僕はシンだよ。よろしく、アダム」

微笑んで手を差し出すと、君は真っ黒に汚れた自分の手を見て、一瞬躊躇したようだった。そんな君の様子に気づいていながら、僕は手を伸ばして君の右手を無理やり握った。もう八百屋には戻れない。そんなことを思いながらも、握り返してくれた感触が嬉しくて、僕は笑ったんだ。ねぇ、アダム。僕はあの瞬間知ったんだ。君が、僕の魂のもう半分を分け合って生まれた、大切な片割れだってことを――

僕が八百屋の丁稚を辞めて、この町で君と暮らし始めるまで、それほど多くの時間はかからなかったように思う。汚れを落として、清潔な衣服を纏った君は整った目鼻立ちをした美しい少年で、初めてその姿を見た時は息を飲んだ。一緒に食事をして、一緒に洗濯をして、一緒に眠るようになって。君は笑うようになった。泣くようになった。固く、艶やかな林檎を食む君の唇が林檎と同じくらい赤く色づいているのを見た時――僕はふと、泣きたくなった。ここに漂っているのは腐臭ではない、爽やかな、未だ瑞々しい果実の香り。僕にとって何よりも貴重で、かけがえのないもの。
アダム、僕はね。君が今でもあの香りの中で笑っていてくれるなら、後悔なんかしないよ。


~~~


目の前にある薄い唇に、燃えるような衝動を感じて口づけた。おまえは一瞬驚いたように黒い目を見開いたけれど、やがて瞼を閉ざして俺を受け入れた。その瞬間、俺は泣きたくなるような安堵と、深い絶望を感じたんだ。馬鹿じゃないのか、シン。拒んでくれればよかったのに。俺しかいないなんてそんな世界、おまえに与えたいわけじゃなかったのに――

今思えば、俺はおまえを楽園から深い闇の底に引きずり込んでしまったのだと思う。俺には何もなかった。両親も、生きる糧も、希望も。だけどおまえは違う。おまえには夢があった。生活があった。家族があった。それなのに、俺は全てをおまえに失わせてしまった。どうしてこんなことになった? 分かっている。俺が孤児で、おまえと同じ性に属しているからだ。

初めて出会った八百屋の裏口、あそこからやり直せたら。おまえは、黒い瞳に憐れみでも蔑みでもない表情を湛えて俺に林檎を差し出したけれど。俺は、あの林檎を受け取るべきじゃなかった。例え、寒空の下で野垂れ死んでいたとしても。

間違いはいくつもある。あの林檎を食べたこと、ひもじさに耐えかねて、二度、三度とあの八百屋に行ったこと。一番の過ちは、おまえに声をかけたことだ。餌付けをする馬鹿がいるから困るのだと、八百屋の主人に怒鳴られた時点でもうあそこを訪れるべきじゃなかった。それなのに、おまえが座り込んでいるから。赤くかじかんだ手で、袋を携えて佇んでいるから。声をかけてしまった。名前を告げてしまった。そうしたらもう――離れられなくなった。

「僕の家へおいでよ」

その言葉がどれほど嬉しかったか、きっとおまえには分からない。どこの馬の骨とも知れない俺と二人きりで暮らすことが、おまえにとって良い影響を及ぼすわけも無いことは知っていた。それでも、俺はおまえの手を取らずにはいられなかった。

「イヴになりたいな……。僕が、イヴなら良かったのに」

初めて他人と一緒に潜り込んだ、清潔なベッドの中でおまえは呟いた。

「シンは……シンでなきゃ意味がない」

ふるふると首を振った俺に、おまえは笑って俺の頭を撫でた。シン、おまえは何て沢山のものを、俺に与えてくれたんだろう。言葉も、感情も、思い出も、人として大切にしたいと思う全てのものを、おまえが、おまえだけが与えてくれた。おまえといるのは楽しかった。人生で初めての満ち足りた日々だった。そうしていつしか俺は、その優しい黒い瞳に、暖かな手に、不思議な胸の高鳴りを覚えるようになってしまった。

あの日、俺たちの関係が決定的な変化を起こした日。おまえは幸せそうに笑っていて、俺は哀しくて泣いていた。なぁ、シン。何で俺を受け入れた? 俺にはおまえだけだから、おまえを失うことを恐れたのに、おまえは俺のために自身が失われることを是としてしまった。そのことが、哀しいほどに分かりすぎて、切なくて、俺は――


~~~


「同性同士の姦淫は国教と国法において忌むべき大罪である。神を冒涜し、風紀を乱し、国に害為す異端者は即刻死罪に処すべし」

僕は顔を上げた。黒い服を着たいかめしい老人が何やらぼそぼそと呟いていた気がしたけれど具体的な内容は余り耳に入らなかった。国の掟なら知っている。今となっては馬鹿げたルールだ。僕の心は縛れない。僕の心を縛れるのは、アダム、君だけだ。君に出会って僕はそう感じるようになったけれど、君は違ったみたいだね、アダム。あの日から君は恐れるようになった。僕のこと、自分のこと、それから二人のことを。

ねぇ、アダム。だから君は、僕から離れていったの? だから君は、僕を――


~~~


「死刑は間も無く執行されます。被害者の立ち会いは許可されていますが、どうなされますか?」アニメ 抱き枕

無機質な印象を与える銀縁の眼鏡をかけた女が機械的に紡ぎ出した言葉に、黙ったまま頷いた。“被害者”という言葉が嗤える。被害者はシンの方だ。此処に佇む俺こそが、本当は死刑台に上るべきだった。どうでも良いと思っていたはずの国の掟が、重大な意味を持って俺にのしかかって来たのはシンと出会ってから。何にも縛られなかったはずの俺が、初めてルールを破ることへの恐怖を感じるようになった。シンを失うこと、その原因となる自分の想いと、この関係性への恐怖を――

いつか失うものなら、目の前で、今、俺の手によって……そう、思ったんだ。


~~~


ガラス越しに、君の顔が見える。相変わらず美しい、緑の瞳が僕を見つめる。幸せだよ、アダム。君に見送ってもらえる。最後まで君の、君のことだけを想って逝ける。愛してる、愛してるアダム。君に林檎を渡して良かった。君が飢えなくて、良かった。


~~~


「シン……シンッ!」

黒い瞳が一瞬緩み、そうして光を失った。取り乱してガラス窓に縋る俺を、憲兵たちが両側から抑え付ける。

「俺も殺せ! おまえたちだって気づいてるんだろう! 彼一人で罪は成立しない。……俺だって死刑だ!」

愛してる、愛してるシン。俺には、おまえしかいなかった。……おまえしか、いなかったんだ。どうしてそれが罪なんだ? あの林檎を食べなかったら、俺は飢えて死んでいた。それを正しいと言う神なんか、俺を救ってくれるわけ無いじゃないか。



銃声が響く。世界は異分子を排除した。国は罪人を裁いた。愛する対象に満ちみちた人々の決めたルールが、愛する対象を一つしか見出せなかった少年を殺した。

【2011/01/14 10:59 】 | 小説
地の底から蘇った悪魔
「……はい、会頭のおっしゃる通りでした。あの者達はまるで宝の山です」
 その台詞に、低く楽しげな笑いを漏らすのは、ネル半島全域に支店をもつ、レダパルタ商会の会頭、つまり最高責任者のラウル・オーバンであった。
 ネル市街の一等地、それも商家の主であれば是非とも置きたいと願うであろう、トーラボーラ神殿の正面に建つ、高い石の塀に囲まれた、重厚な造りの商館である。
 広場に面した部分は中庭へと続く、大型の馬車が余裕をもって潜れる門と、石造りの無骨な外壁と一体となった本館の正面に、使用人達の通用口が如き小さな扉(金属製の重厚なものである)があるだけであり、それほど広いわけではない。
 が、広場からは窺い知る事のできないその奥は実に広い。一般的な中型の荷馬車がいくつも停めれるだけの広さの中庭と、降ろした荷物を保管する巨大な倉庫。そして、使用人や商会と契約を結ぶ商人達が寝泊りするための別棟と、先にも書いた、広場に面した本館という、そのまま神殿がひとつ納まってしまうほどの規模の商館であった。
 ちなみに本館について言えば、正面の小さな入り口を入ると、まるで街の大きな酒場のような造りになっている。
 まず入ると、その驚くほど高い天井と、正面の奥全体に存在する大きなカウンターが眼に入る。そしてカウンターの背後には、様々な商品の見本がしまわれている、上の方は梯子を使わなくてならないほどの、壁一面の棚があり、左手の奥の壁際にも小さなカウンターが存在している。そして入り口からカウンターまでの空間には、丸いテーブルと椅子がいくつも並べられており、常時いくつもの商談が、そこかしこのテーブルで行われている。
 当然、商談が決まればマルゴーなりメディなりでの乾杯が行われるため、側面の小さなカウンターで扱うのは酒である。ちなみに正面、広場側には窓は無い。中庭にあたる部分の天井際に、小さな明かり取りの穴が幾つかあるだけである。
 まるで砦のような造りであるが、これは現在も細々と活動を続けている、商会と同名の傭兵団こそが、本来の「レダパルタ(古語で赤い羊)」であるという部分に起因している。
アニメ 抱き枕
 そこは、そんな砦の如き造りの本館二階、見事な模様の彫られた金属製書類箱が、作りつけの棚を使って壁一面に並べられている、広場に面した眺めの良い部屋である。
 入り口から入って正面に、大きな鉱樹の机が置かれ、すわり心地の良さそうな、革張りの高価な椅子がひとつ。
 その椅子に、件の会頭が座っているのだ。 
「宝の山、か。それで、ハイズリー男爵は連中をどうするつもりかわかったか?」
 ラウルの言葉に神妙な表情を崩す事無く、多少の戸惑いをにじませた声で答えるのは、ラウルの使用人の一人で、クレマンという行商人の男だった。
 ラウルと同じ没落貴族の出身で、剣の腕も立つ上、地球の言葉で言い表すなら、情報収集能力と分析能力については商会随一の男である。
 他の使用人には危険が多すぎる地域や、今回のように、その危険度すら計り難い場合にはうってつけの人物だった。
「そのハイズリー男爵の事なのですが……」
「なんだ?」
「恐らく、ハイズリー男爵は負けます。いえ、確実に負けます」
 その言葉に、呆れたような、どこか不機嫌そうな顔を見せ、椅子から立ち上がって広場方に視線を向けるラウル。
 目の細かい樹絹の薄布がかけられた窓に、日よけの張り出しの下から、ペトリス(午後)の日差しが入り込んでいる。
 軽く手を触れ、指先に掛かる日差しに目を細めると、その場で振り返り、正面からクレマンを見据える。
「クレマン、そういえば、連中の正体はなんだったのだ? やはりベルリアあたりからの漂流民か? それとも西国からの亡命貴族か?」
「恐れながら、異界から落ちて来た者であると……」
 神妙さがかえって珍妙にしか見えない返答に、ラウルが思わずふき出すと、クレマンがさらに恐縮しながら言い募る。
「ラウル様、少なくとも、私の知るかぎり、あの者たちが持つ品々は、この世界には存在しません。強いて言えば、それは神々の時代に作られたとされる物に近いのです。確かに大人たちは口を堅く閉ざして自らの出自を語ろうとはしませんでしたが、私が苦労して子供達から聞き出した所によれば――」
「まて、その、異界から落ちてきた者達であるとする根拠は、子供のたわごとなのか?」
「けっして戯言などではございません。子度たちがそう申したのではなく、何人もの子供から話を聞き、その上で私が間違いないと判断したのです」
 その台詞は、それまでクレマンが積み上げてきた実績があってこそのものであり、そう言われてしまえば無下にも出来ない。
 クレマンの情報収集能力を信頼して任せたのは、他ならぬラウル自身なのだ。
 御伽噺や伝承の中には、異界と呼ばれるこの世界とは別の場所から落ちてきた者たちの話は数多くある。ラウルが知っているだけでも、軽く両の手の指の数を超えてしまうだろう。いわく精霊界から、地の底から、星の集まる神々の世界というのもあった。
 しかしそれはあくまで御伽噺や伝承の中だけの話である。
 ラウルにとっては神々すら、確かに巨大で偉大な神秘の力を持っている事は認めるにせよ、同じこの世界に生きる「何か」という認識がある。
 そうでなければ、ラウルが見たり経験した無数の地獄を放置しているはずが無いではないか、そう考えている。いわば完全な異端者であり、その身で欠かさず神殿の神事に出席しているのだから、ある意味かなりの大物である。もちろん、異端の身でありながら、どんな神罰も下っていない事が、その思いを補強している。
 当然神々や精霊の住まう異世界などというのも、端から信じてはいない。 
「……許せ、だが信じられん。そのような話をどうして信じられるか、お前にも信じてはもらえぬとわかっているだろう?」
「遺憾ながら。しかし、間違いはございません。ラウル様もあの城を見れば、きっと納得してくださったでしょう」
「城、とな?」
 ラウルの疑問に答えるべく、自身の見聞きした全てを、問われるままに、詳細に語るクレマン。
 もちろん、ラウルが途中同じような質問を何度も繰り返し挟む事で、事の真偽を確かめる古の技を使っていた事にも気付いていたが、真実、見たり聞いたりしたものしか語っていないのである。
「……ふむ。一リーグ以上の距離から、一撃で騎竜すら倒してしまうほどの武器か。その、アーシア人(びと)の持つ武器というのを一度見たいものだが、なんとか手に入らぬものかな?」
 ラウルの気持ちは良くわかるクレマンであったが、あれほど気を使い、便宜をはかり、大量の支援を行っているハイズ公ですら、ようやく一つか二つを手にしている程度のはずなのだ。
 クレマンの答えは、どれほど金を積んだところで、アーシア達が手放すはずが無いというにべもないものである。
「ですが、あの者たち、アーシアたちが、どうやらこの地で自らの持つ道具を作ろうとしている事は間違いございません。であれば――」
「いずれ我々の出番が来る。か」
「はい」
「だが、それもハイズリー男爵が勝てば、鏡の中の女(ことわざ。絵に描いた餅、的な意味)だ。本当に勝てるのか?」
「勝ちます。アーシアが手を貸せば、確実に勝てます。それほど恐ろしい武器を持つ相手なのです」
 クレマンの恐れ、もしくは畏れを感じたのだろう。
 薄ら寒くなるような気分で、再び明るい窓の外の広場に目をやるラウル。
 無数の露天が軒を連ね、行商人達の馬車が行きかい、無数の人々が商談やら歓談に興じる、何時も通りの広場が広がっている。
「お前はどうしたい?」
 予想もしなかった台詞に、クレマンが戸惑っていると、同じ質問が重ねられた。
「私は、全面的にあの者たちを、そう、どのような犠牲を払っても、アーシア達を支持し、支援すべきかと考えます」
「見返りは?」
「……世界の覇権」
 とても一介の行商人から聞かされる台詞ではない。
 振り返れば、それまで見たこともないような、異様な目の輝きをみせるクレマンがいた。
 ラウルにしてみれば、正直世界の覇権などという世迷いごとには興味がなかったが、それまで完全に一介の商人、使用人に徹してきたはずのクレマンを、ここまで変えてしまったアーシア達には興味が隠せない。
 いや、興味どころではない。
 クレマンの瞳の光には、ラウルが忘れていた、いや、捨て去ったはずの何かを、再びその手に拾いあげさせるに十分な力があったのである。
 それでも、ラウルが長年有力な商家の主として培ってきた慎重さが、内心の、沸き立つような思いを押しとどめた。
「まずはお前の言う、アーシアとやらの実力を見せてもらおうではないか。もし仮に――……」 
 と、そのまま黙り込んでしまったラウルを見つめるクレマン。
「もし、仮に、なんでございましょう?」
「もし仮に、アーシアとやらがハイズ家に勝利をもたらす事があれば、次は私が直接アーシア人の下へと出向こう」
「かしこまりました。準備させておきます」
「まだ決まったわけではないぞ?」
 はい。と、頷き、部屋を出てゆくクレマン。だが、クレマンがそのままラウルが出向くための準備をはじめようとしているのは明白であった。リリカルなのは 抱き枕
 机に置かれた、クレマンが残していった羊皮紙の束を見つめる。
 僅かな記号を用いて記されている、複雑な規則にしたがって書かれた報告。質の良い羊皮紙の両面に、一〇枚以上にもなるアーシア達の詳細である。
 書いた人物の主観が入り込みにくいその情報の羅列は、そうした報告書を読むことに慣れたラウルにとっても、奇々怪々とも言うべき内容に満ちていた。
 まさに、吟遊詩人や語り部達の御伽噺に出てくるような、魔法の王国そのものである。
 うなりを上げる鉄の怪物と、それを御す人々に、あらゆる隠行の技を駆使して接近する間者を、接近することすら許さず発見し、太陽の如き光をもって照らし出す。
 その者たちの持つ武器の威力については、神話の英雄達が、神々より賜る伝説の武器に匹敵するという。
 報告書を読み終え、凝り固まった身体を解して立ち上がる。
 報告書の内容を思い出しつつ、微かに苦笑をもらすラウルであったが、一人、トーラボーラ神殿の屋根へと沈みゆく夕日を全身に浴びながら、一足早くルーファス(夜)の闇に沈みゆく広場で、露天を片付けているらしい人々の影を見つめる。
「……アーシアか。古の、聖なる言葉で言う地の底の事ではないか。どれほどの武器をもっているのかしらんが、自らを地の底より蘇った悪魔だとでも言うつもりか?」
 と、不意に身震いすると、まだそれほど暗いわけでもないのに、机の上に置かれた鉱樹の枝に向かって呪文を唱え、明かりを付ける。
 見たこともないアーシアという人々が、本当に地の底から蘇った悪魔のように思えてしまったのである。
【2011/01/12 10:29 】 | 小説
一粒の涙が零れ落ちる
ドラクロアはハンミルの丘から町を眺望していた。彼には全てが見えてしまう。自分が望むと望まないと関係なしに。
 彼は今宵を境に起こり得る未来に震撼する。
 丘から見える眺めは何も変わらない。しかし、確実に闇は蠢(うごめ)こうとしている。
 カサリと湿った草を踏みしめる音がした。
 ドラクロアは来訪者に向かって笑みを象って見せる。
「香水を下さるかしら」
 突然の来訪者は素っ気なく金貨を差し出す。
 ドラクロアはシルクハットを取り去って会釈すると、懐から一つの小瓶を取り出した。魅惑的なクリスタルで出来た小瓶は月夜の明かりを受けて煌めいている。来訪者はそれを半ば奪い取るように掴むと、ドラクロアの掌に金貨を落としてそそくさと丘を後にした。
 ドラクロアはその人物の後ろ姿が見えなくなるのをじっと見守っていた。彼は弓形(ゆみなり)に唇を象ると、唄うように言った。
「死者と生者。真の魔は果たしてどちらか」

黒い城と呼称されるサンアット邸の玄関フロアにて、リデラは思いもよらない尋ね人に驚きを隠せなかった。
 本当に半年ぶりくらいに向かい合ったスーザン・アルファースは、リデラと目を合わそうとしない。ペリドットの瞳は伏せられている。だが、右横にいるボルドに促されるとスカートの裾を摘まんで簡素なお辞儀をした。
 スーザンの左横にはランス・ペダモーの姿もあった。彼もまたスーザンに合わせてお辞儀をする。
「お二人とも、この邸で働きたいと申し出てくれたのです。私はぜひ雇い入れたいと考えているのですが、リデラ様のご了承をと思いまして」
リデラはそれを快く受け入れた。アニメ 抱き枕
 実際、リデラがサンアット公を継いでからというもの税の改正やら法の改正やら、近隣有力貴族とのパーティなどで邸内は人手が全く足りていない状態だった。だから、二人の申し出は素直にありがたかった。
 リデラのもとで働きたいと言ってくれる志願者は後を絶たない。しかし、彼はあまり自分の周りに人を置くのを好まなかった。策謀渦巻く中にいるのは、王都にいた頃だけで十分だ。
 しかし、スーザンやランスならば話は別である。
 リデラは、彼らに負い目がある。
 自分の父が行なった所業のせいでスーザン達が過酷な道を歩んでいるのは火を見るより明らかだ。そんな彼らの待遇を少しでも良くしてやれたらと常日頃からリデラは思っていた。
 同情の念を示せばスーザン達の自尊心は傷付くだろう。だから、リデラは敢えて自分から邸で仕事をしないかとは言わなかったが、心の中ではこうなることを望んでいた。
 リデラは去り際、ボルドに耳打ちした。
「ボルド、二人には最良の賃金を渡すように。きちんと働いていれば賃金の上限は問わず出してやれ」
「かしこまりました」
 ボルドは恭しく頭を下げた。
「じゃあ、二人ともよろしく頼む」
 リデラは笑顔で言った。
 スーザンとランスは「はい」と歯切れよく返事をした。
 二人共、貴族の邸宅で働くのは初めてのため、誰かしらが彼らの面倒を見ていた。スーザン達は互いを牽制するかのように常に一緒にいた。まるで互いを監視しているようである。
 あくる日、午後のお茶の時間のことだった。
 自室で書類の山と睨み合っているリデラのもとへスーザンが訪れた。彼女は給仕達が着ている黒地のワンピースを着ている。丸襟は清潔感のある白色だ。
 リデラは書類を持つ手を休めて椅子に凭れかかった。
「失礼、致します」
 丁寧な言葉遣いにも、紅茶を運ぶのにもまだ慣れていないのだろう。スーザンの動きはぎこちなかった。彼女だけがリデラのもとに来るのは初めてのことだった。いつもはスーザンとランスがセットでリデラのもとを訪れていた。
 お茶の準備は、いつも慣れた手つきでランスがしていた。ランスは元貴族だ。紅茶のたしなみもある。彼の淹れる紅茶はボルドが淹れるそれと同じくらい美味しい。
「大丈夫か?」
 スーザンがあまりにおぼつかない足取りで紅茶とお菓子を持っているので、心配になって声をかける。彼女は緊張した面持ちで小さく頷いた。
 コトリと音を立ててリデラの机上にティーカップと丸皿が置かれる。そして、スーザンはそれらを手で上品に指し示しながら簡単に述べた。
「今日はミルクティを準備致しました。お菓子はティラミスです」
「ありがとう」
 ランスは紅茶を目の前で淹れながら、その茶葉の由来やお菓子の由来を淀みなく話してくれたが、スーザンはそんな余裕も何もないようだった。
 当たり前だ。この邸に勤め出してから、まだ数週間しか経っていない。完璧にこなせと言う方が酷だろう。
 しかし、正直自分の給仕に不慣れなスーザンを寄越すとはボルドらしくないな、とリデラは思った。
 ボルドはリデラが幼い頃から共にいるが、彼は仕事に完璧を求める性質がある。なので、自らの主人であるリデラに対して完璧な業務を行なえない少女を寄越すなど今までなかった。
(余程、仕事が回っていないか。それとも、僕に気をつかったのか)
 リデラがスーザンのことを気にかけているのを、ボルドは気が付いている。
 それとなく何度か訊かれたことがある。
 頑なに否定してみせたものの、ボルドは終始にっこりと笑っていた。
「仕事、忙しそう、ですね」
 スーザンはリデラの机に積み上げられた羊皮紙の山を見上げた。リデラは手元にあったインクと羽ペンを引き出しに仕舞い込む。
「そうだな。でも、これも町が良くなるためだから」
「…………あなたは、変わった」
 彼女はリデラの目を見ずに床へと視線を落とす。その表情は硬質で何の感情も読み取れない。
「それはいい意味でか」
「うん」
 素直に、嬉しく感じた。
 スーザンと出会った当初のリデラは、自分の貴族という地位も、何もかもが気に入らなかったが、何か行動を起こすでもなく毎日をただ無意味に過ごしていた。いずれ家督を継ぐことになっても、リデラは父のやり方を引き継ぐ心づもりでいた。
 それが、当たり前だと思っていた。
 その考えを変えることが出来たのは、スーザンに出会えたからだ。
 道端で無表情で花を売ろうとしている彼女を見た瞬間、いても立ってもいられずに声をかけた。少女の両親を自分の父が殺したのだと知った時の衝撃は今もまだリデラを苛(さいな)んでいる。
「スーザン、約束する。これから先、決して人々が貴族の犠牲にならないことを。……少なくとも、僕がサンアット家当主でいる間は、絶対に苦しい思いなんてさせない。町の人達が日々の暮らしに怯えることがないよう計らうつもりだ」
 ガラス玉同然に見えた感情のないスーザンの瞳に色が宿る。
 彼女は今初めてリデラがここに存在することに気が付いたような表情を形成した。苦虫を潰したような、複雑な感情の入り混じった顔。
 貴族や裕福な娘のように着飾っているわけでもなく、美しいわけでもない。ただの素朴な少女。
 しかし、リデラにとっては彼女だけが彩りを持って見えた。
「ありがとう」
「え……?」
「お前がハンミルの丘で父の愚行を僕に言ってくれなかったら、僕は何の行動も起こせていなかったはずだ。お前のおかげで、現状を変えようと思えた」
 真摯(しんし)にスーザンを見る。スーザンの瞳が揺らいだ。
「……紅茶が冷めてしまった。新しく注ぎ直します」
 スーザンはそう言ってリデラに出したティーカップを下げようとする。それをリデラはやんわりと制した。
「いや、構わない」
 リデラはスーザンからカップを取ると、一気に紅茶をあおる。
「駄目!」
 スーザンの叫びは一足遅かった。
 リデラの視界が渦を巻く。激しい嘔吐感が募った。まともに立っていられず、リデラはカーペットの上に膝をつく。
 ――毒だ。
 そう気付いたのは、昔王都で一度毒殺されかけたことがあったからだった。その時は毒の含有量が少なかったため大事に至らず済んだが、今回のものはたいそう濃いようだ。
 息さえ満足に吐けない。
 自分は死ぬのだと、薄らいで行く思考のふちで思った。
 リデラは立ち竦むスーザンの後ろから現れた人物を見た瞬間、脱帽した。
 その人物は氷のような眼で床に倒れ伏すリデラを見下ろす。
「操り人形でなくなったあなたなど、要らないのですよ」
 ボルドは冷え冷えとした表情のまま嗤った。霞む意識の中、遠くでランスの悲痛な叫び声が聞こえたが、両目の瞼はとても重く、持ち上げることが困難だった。

次にリデラが目を覚ました時、彼はベッドの上にいた。
 頭痛がする。
 体の血管全てがたぎるように熱い。
「手は尽くしました。ですが、回復する見込みは……」
 ベッドの脇でリデラ専属の医師がそう言っているのが耳に届く。医師から深い溜め息が洩れた。
「――……先生、一体リデラ様はどうしたというのでしょうか。やはり、執務に追われていたから、でしょうか。それとも、リデラ様を良く思わない何者かが……」
 白々しく、ボルドが医師に問うている。
「こればっかりはわかりません。……毒殺かもしれないと調べてみたのですが、毒を飲んだ時に出る兆候は何も出ていませんし」
「そうですか」
「……また来ます。ボルドさん、今日はこれで失礼させて頂きますよ」
「先生。お見送り致します」
 二人の足音はリデラから遠ざかり、やがてドアを閉める音が響いた。
(――――ざまあないな)
 リデラは瞼を上げた。眩い光に眉根を寄せる。視界に入って来たのは、スーザンだった。
 二人とも無言だった。開け放した窓からは春の香りと鳥のさえずりが流れ込んでくる。
 リデラは全身の力を振り絞って上体を起こした。枕元の脇にある丸椅子に座っているスーザンは微動だにせず、リデラを凝視している。
 リデラは彼女を抱きしめた。今になって、死に際になって、ようやく自分の気持ちを理解出来た。
 何故、スーザンに嫌われたくないと思ったのか。何故、心配していたのか。何故、半年も喋っていなかったのに片時も忘れられなかったのか。
 表情のない少女。心が欠落した少女。初めて見た時から気になっていた。何故、こんなにも存在を意識していたのか、ここまで窮地に陥らねばわからなかった。
 自嘲の笑いが込み上げてくる。
「多分、僕はお前のことが好きだ」
 今更の告白。オリジナル 抱き枕
 その科白を吐いた途端、スーザンが突如震え出した。
 力の抜けたリデラは彼女にしなだれかかる。少女はリデラを抱きしめ返した。
 それが嬉しくて、リデラは彼女の頬に手を添えると唇を寄せた。羽のように軽いキス。
 スーザンはそれを拒否しなかった。
「ごめん」
 それがリデラの最期の言葉となった。
 リデラの体からふっと力が抜け落ちる。心臓が動くことをやめ、呼吸が止まる。
 スーザンは彼の体をなおも抱きしめていた。
 彼女の目から一粒の涙が零れ落ちる。それは後から後から零れ落ち、止まらない。



 ――ねえ、これが本当に望んでいたクライマックスなの?
 ――あなたは本当に彼がこうなってほしいと思っていたの?
 美しい娘は、目にいっぱいの涙を溜めて幼い少女を責め立てる。
 少女は答えない。彼女の目にも涙が光る。
 主役の死を知った役者達は茫然と舞台に姿を見せる。
 支配人はそれを客席から見て、手を叩いて嗤っていた。彼の哄笑は静まり返るホールの中で不気味に響いていた。

【2011/01/11 11:39 】 | 小説
自分の誕生日を知る人
深い眠りから目が覚める。最初に白い天井に明るいライトが見える。眩しくて目が痛い。さらに頭の痛みで体が思うように動かない。何とか頭だけを動かして周りを見渡してみる。白い事務用デスクに、白い扉、さらには壁に不気味な絵まで飾ってある。自分の部屋でないことは確かだ。少しして頭の痛みが治まっていく。体をすぐに起こし、自分のおかれている立場を考え、なぜそうなったのかを思い出してみる。アニメ 抱き枕

確か、こうなる前まではバーにいたはず。仕事仲間の誘いだった。仲間と一緒に酒をジョッキで3杯ほど飲み干して、仲間に車で家まで送ってもらって、家についてすぐにベッドの上で横になって・・・記憶がそこまでしかない。

がんばって思い出そうにも、頭が痛くなってしまう。・・・考えるのはよそう。ベッドから立ち上がり、ドアまで小走りで駆ける。ドアノブを回したが、ロックがかかっていて開けられない。もう一度周りをよく見てみた。デスクの上には本が一冊置いてある。そして何故か、ペン立ても置いてあり、ペンと消しゴムが一つずつ中に入っていた。本を手にとって中を開いた。すると、中から紙切れが一枚落ちてきた。拾って確かめると、数独の問題が一問だけ書いてあった。これを解きなさいという事なのだろうか。デスクの前の椅子に座り、ペンを持って解いてみることにした。・・・しばらくして、なんとか解いてみせた。それにしても、先程より少し部屋の中が暑くなっているような気がする。解いた問題には太い枠が3つあった。そこに書いた数字に注目する。「3」と「1」と「4」。いったい何の数字なのかわからない。いや、違う。見たことがあるのを思い出した。確かこれは自分の誕生日だ。3月14日。東方 抱き枕

そうなると自分をここに閉じ込めた人も絞られてくる。自分の誕生日を知る人だ。仕事仲間にこの誕生日を教えたことがない。とすると、親戚か、もしくは過去に出会った人物になる。じゃあいったい誰なんだ!?
【2011/01/08 12:34 】 | 小説
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