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【2024/05/17 22:27 】 |
地の底から蘇った悪魔
「……はい、会頭のおっしゃる通りでした。あの者達はまるで宝の山です」
 その台詞に、低く楽しげな笑いを漏らすのは、ネル半島全域に支店をもつ、レダパルタ商会の会頭、つまり最高責任者のラウル・オーバンであった。
 ネル市街の一等地、それも商家の主であれば是非とも置きたいと願うであろう、トーラボーラ神殿の正面に建つ、高い石の塀に囲まれた、重厚な造りの商館である。
 広場に面した部分は中庭へと続く、大型の馬車が余裕をもって潜れる門と、石造りの無骨な外壁と一体となった本館の正面に、使用人達の通用口が如き小さな扉(金属製の重厚なものである)があるだけであり、それほど広いわけではない。
 が、広場からは窺い知る事のできないその奥は実に広い。一般的な中型の荷馬車がいくつも停めれるだけの広さの中庭と、降ろした荷物を保管する巨大な倉庫。そして、使用人や商会と契約を結ぶ商人達が寝泊りするための別棟と、先にも書いた、広場に面した本館という、そのまま神殿がひとつ納まってしまうほどの規模の商館であった。
 ちなみに本館について言えば、正面の小さな入り口を入ると、まるで街の大きな酒場のような造りになっている。
 まず入ると、その驚くほど高い天井と、正面の奥全体に存在する大きなカウンターが眼に入る。そしてカウンターの背後には、様々な商品の見本がしまわれている、上の方は梯子を使わなくてならないほどの、壁一面の棚があり、左手の奥の壁際にも小さなカウンターが存在している。そして入り口からカウンターまでの空間には、丸いテーブルと椅子がいくつも並べられており、常時いくつもの商談が、そこかしこのテーブルで行われている。
 当然、商談が決まればマルゴーなりメディなりでの乾杯が行われるため、側面の小さなカウンターで扱うのは酒である。ちなみに正面、広場側には窓は無い。中庭にあたる部分の天井際に、小さな明かり取りの穴が幾つかあるだけである。
 まるで砦のような造りであるが、これは現在も細々と活動を続けている、商会と同名の傭兵団こそが、本来の「レダパルタ(古語で赤い羊)」であるという部分に起因している。
アニメ 抱き枕
 そこは、そんな砦の如き造りの本館二階、見事な模様の彫られた金属製書類箱が、作りつけの棚を使って壁一面に並べられている、広場に面した眺めの良い部屋である。
 入り口から入って正面に、大きな鉱樹の机が置かれ、すわり心地の良さそうな、革張りの高価な椅子がひとつ。
 その椅子に、件の会頭が座っているのだ。 
「宝の山、か。それで、ハイズリー男爵は連中をどうするつもりかわかったか?」
 ラウルの言葉に神妙な表情を崩す事無く、多少の戸惑いをにじませた声で答えるのは、ラウルの使用人の一人で、クレマンという行商人の男だった。
 ラウルと同じ没落貴族の出身で、剣の腕も立つ上、地球の言葉で言い表すなら、情報収集能力と分析能力については商会随一の男である。
 他の使用人には危険が多すぎる地域や、今回のように、その危険度すら計り難い場合にはうってつけの人物だった。
「そのハイズリー男爵の事なのですが……」
「なんだ?」
「恐らく、ハイズリー男爵は負けます。いえ、確実に負けます」
 その言葉に、呆れたような、どこか不機嫌そうな顔を見せ、椅子から立ち上がって広場方に視線を向けるラウル。
 目の細かい樹絹の薄布がかけられた窓に、日よけの張り出しの下から、ペトリス(午後)の日差しが入り込んでいる。
 軽く手を触れ、指先に掛かる日差しに目を細めると、その場で振り返り、正面からクレマンを見据える。
「クレマン、そういえば、連中の正体はなんだったのだ? やはりベルリアあたりからの漂流民か? それとも西国からの亡命貴族か?」
「恐れながら、異界から落ちて来た者であると……」
 神妙さがかえって珍妙にしか見えない返答に、ラウルが思わずふき出すと、クレマンがさらに恐縮しながら言い募る。
「ラウル様、少なくとも、私の知るかぎり、あの者たちが持つ品々は、この世界には存在しません。強いて言えば、それは神々の時代に作られたとされる物に近いのです。確かに大人たちは口を堅く閉ざして自らの出自を語ろうとはしませんでしたが、私が苦労して子供達から聞き出した所によれば――」
「まて、その、異界から落ちてきた者達であるとする根拠は、子供のたわごとなのか?」
「けっして戯言などではございません。子度たちがそう申したのではなく、何人もの子供から話を聞き、その上で私が間違いないと判断したのです」
 その台詞は、それまでクレマンが積み上げてきた実績があってこそのものであり、そう言われてしまえば無下にも出来ない。
 クレマンの情報収集能力を信頼して任せたのは、他ならぬラウル自身なのだ。
 御伽噺や伝承の中には、異界と呼ばれるこの世界とは別の場所から落ちてきた者たちの話は数多くある。ラウルが知っているだけでも、軽く両の手の指の数を超えてしまうだろう。いわく精霊界から、地の底から、星の集まる神々の世界というのもあった。
 しかしそれはあくまで御伽噺や伝承の中だけの話である。
 ラウルにとっては神々すら、確かに巨大で偉大な神秘の力を持っている事は認めるにせよ、同じこの世界に生きる「何か」という認識がある。
 そうでなければ、ラウルが見たり経験した無数の地獄を放置しているはずが無いではないか、そう考えている。いわば完全な異端者であり、その身で欠かさず神殿の神事に出席しているのだから、ある意味かなりの大物である。もちろん、異端の身でありながら、どんな神罰も下っていない事が、その思いを補強している。
 当然神々や精霊の住まう異世界などというのも、端から信じてはいない。 
「……許せ、だが信じられん。そのような話をどうして信じられるか、お前にも信じてはもらえぬとわかっているだろう?」
「遺憾ながら。しかし、間違いはございません。ラウル様もあの城を見れば、きっと納得してくださったでしょう」
「城、とな?」
 ラウルの疑問に答えるべく、自身の見聞きした全てを、問われるままに、詳細に語るクレマン。
 もちろん、ラウルが途中同じような質問を何度も繰り返し挟む事で、事の真偽を確かめる古の技を使っていた事にも気付いていたが、真実、見たり聞いたりしたものしか語っていないのである。
「……ふむ。一リーグ以上の距離から、一撃で騎竜すら倒してしまうほどの武器か。その、アーシア人(びと)の持つ武器というのを一度見たいものだが、なんとか手に入らぬものかな?」
 ラウルの気持ちは良くわかるクレマンであったが、あれほど気を使い、便宜をはかり、大量の支援を行っているハイズ公ですら、ようやく一つか二つを手にしている程度のはずなのだ。
 クレマンの答えは、どれほど金を積んだところで、アーシア達が手放すはずが無いというにべもないものである。
「ですが、あの者たち、アーシアたちが、どうやらこの地で自らの持つ道具を作ろうとしている事は間違いございません。であれば――」
「いずれ我々の出番が来る。か」
「はい」
「だが、それもハイズリー男爵が勝てば、鏡の中の女(ことわざ。絵に描いた餅、的な意味)だ。本当に勝てるのか?」
「勝ちます。アーシアが手を貸せば、確実に勝てます。それほど恐ろしい武器を持つ相手なのです」
 クレマンの恐れ、もしくは畏れを感じたのだろう。
 薄ら寒くなるような気分で、再び明るい窓の外の広場に目をやるラウル。
 無数の露天が軒を連ね、行商人達の馬車が行きかい、無数の人々が商談やら歓談に興じる、何時も通りの広場が広がっている。
「お前はどうしたい?」
 予想もしなかった台詞に、クレマンが戸惑っていると、同じ質問が重ねられた。
「私は、全面的にあの者たちを、そう、どのような犠牲を払っても、アーシア達を支持し、支援すべきかと考えます」
「見返りは?」
「……世界の覇権」
 とても一介の行商人から聞かされる台詞ではない。
 振り返れば、それまで見たこともないような、異様な目の輝きをみせるクレマンがいた。
 ラウルにしてみれば、正直世界の覇権などという世迷いごとには興味がなかったが、それまで完全に一介の商人、使用人に徹してきたはずのクレマンを、ここまで変えてしまったアーシア達には興味が隠せない。
 いや、興味どころではない。
 クレマンの瞳の光には、ラウルが忘れていた、いや、捨て去ったはずの何かを、再びその手に拾いあげさせるに十分な力があったのである。
 それでも、ラウルが長年有力な商家の主として培ってきた慎重さが、内心の、沸き立つような思いを押しとどめた。
「まずはお前の言う、アーシアとやらの実力を見せてもらおうではないか。もし仮に――……」 
 と、そのまま黙り込んでしまったラウルを見つめるクレマン。
「もし、仮に、なんでございましょう?」
「もし仮に、アーシアとやらがハイズ家に勝利をもたらす事があれば、次は私が直接アーシア人の下へと出向こう」
「かしこまりました。準備させておきます」
「まだ決まったわけではないぞ?」
 はい。と、頷き、部屋を出てゆくクレマン。だが、クレマンがそのままラウルが出向くための準備をはじめようとしているのは明白であった。リリカルなのは 抱き枕
 机に置かれた、クレマンが残していった羊皮紙の束を見つめる。
 僅かな記号を用いて記されている、複雑な規則にしたがって書かれた報告。質の良い羊皮紙の両面に、一〇枚以上にもなるアーシア達の詳細である。
 書いた人物の主観が入り込みにくいその情報の羅列は、そうした報告書を読むことに慣れたラウルにとっても、奇々怪々とも言うべき内容に満ちていた。
 まさに、吟遊詩人や語り部達の御伽噺に出てくるような、魔法の王国そのものである。
 うなりを上げる鉄の怪物と、それを御す人々に、あらゆる隠行の技を駆使して接近する間者を、接近することすら許さず発見し、太陽の如き光をもって照らし出す。
 その者たちの持つ武器の威力については、神話の英雄達が、神々より賜る伝説の武器に匹敵するという。
 報告書を読み終え、凝り固まった身体を解して立ち上がる。
 報告書の内容を思い出しつつ、微かに苦笑をもらすラウルであったが、一人、トーラボーラ神殿の屋根へと沈みゆく夕日を全身に浴びながら、一足早くルーファス(夜)の闇に沈みゆく広場で、露天を片付けているらしい人々の影を見つめる。
「……アーシアか。古の、聖なる言葉で言う地の底の事ではないか。どれほどの武器をもっているのかしらんが、自らを地の底より蘇った悪魔だとでも言うつもりか?」
 と、不意に身震いすると、まだそれほど暗いわけでもないのに、机の上に置かれた鉱樹の枝に向かって呪文を唱え、明かりを付ける。
 見たこともないアーシアという人々が、本当に地の底から蘇った悪魔のように思えてしまったのである。
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【2011/01/12 10:29 】 | 小説
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